2012年4月16日月曜日

幸せになる成功知能 HQ(humanity quotient)

幸せになる成功知能 HQ(humanity quotient)  澤口俊之
2005年9月刊 318p

要約

脳はそもそも小さな機能(知性)が集ったモジュールの集合体であり、それらの知性を統括するのが前頭連合野のHQである。
ニューロンはコンピュータよりも伝達速度は遅いが、情報を並列処理する事に長ける。複雑に絡んだ知性の並列処理こそが知性の多重性を生み、それらを統括するシステムとして生まれたのが前頭連合野である。
また脳は多重性の他に「階層性」を持ち、取り込んだ情報を再構成・再構築して対象を認識する際の過程が細かい処理を段階的に行うようになっている。そのため知性も階層性を備えており、我々は階層的処理を経て世界を再構成し認識するように出来ている。
前頭連合野の知性HQは様々な知性(認知心理学の広義な分類による言語的知性・絵画的知性・空間的知性・論理数学的知性・音楽的知性・身体運動的知性など)を統括しながら人間の中心となる「自我」を形成している。システムとしては「脳内操作系(自分の脳活動をモニターしつつ適切に操作するシステム)」と「脳間操作系(他者の脳活動を上手く読み取りつつ操作するシステム)」を司り、社会的に上手く生きていく能力に繋がっているため、即ち人生の成功・幸福とも相関するとされる。
EQ(感情的知性)は脳科学的にはHQの下部組織で、自分の感情を制御する働きの事であるが、それだけの知性であり、具体的にどのような脳領域と結びついているかは曖昧である。

HQの役割とは社会の中で将来に向けた計画を立てながら前向きかつ理性的に生きることにあり、多くの研究や症例から以下の諸能力を含む。


○将来へ向けた展望・夢(未来性志向)、計画性
○高度な思考力、問題設定および問題解決能力、一般知能(IQg)
○主体性、独創性、想像性
○好奇心、探究心、やる気、意志力、集中力
○幸福感、達成感
○理性(感情の制御)、自己制御、社会性(とくに協調性)、「心の理論」


将来への展望・計画、一般知能(IQg)を中心にその下の三つの項目が絡み合い、他者とは理性・社会性・心の理論で繋がっている図である。
将来へ計画を立てて行動出来るのは人間のみであり、特殊かつ固有の能力である。IQgとは全ての知的作業に共通する知性「General intelligence」のことで、IQが言語性知能と行為性知能を足して2で割ったようなものであるのに対して、IQgは全ての知能に関係する最高次の知能である。
IQgに関わる領域は前頭連合野の中でも中心的な領野である46野で、ワーキングメモリのセンターでもあるため、IQgとワーキングメモリは深く関係する。IQは前頭連合野以外の脳領域の知能だが、IQgは前頭連合野の中心的な知能指数であり、IQが高くともIQgが低い場合がある。またIQgはIQと違い、「人生の成功度」とも深く相関するとされている。

IQgの60%が遺伝であり、残りの40%は成長過程の教育・環境に影響される。60%というのは脳科学的に一般的な数字であり、悲観するものではない。遺伝的にIQgが低くとも、きちんとした環境で脳を育てれば全体として十分に伸びる事を意味する。

うつ病や統合失調症など前頭連合野の異常によって起こる病気は多くあり、ストレスや環境等で一時的にHQの能力が低下する事もある。人の行動や健康に深く関係し、事実上性格にも関係するため、 昨今の若者の将来への展望や目標がなく刹那的というのはHQ能力の低下と見る事も出来、様々な社会問題や犯罪にも関係していると推測されるが余談である。

脳の様々な知性には臨界期があるが、前頭連合野の発達のピークは4歳~6歳にあり、HQの臨界期は8歳頃までと言える。HQを育てるには十分な親の愛情の下、自由に好きな事をするのが良い。親の過保護・過干渉は発達を阻害する。
特に「複雑で厳しい(上下関係や規律があり、よく考える必要がある)社会関係」がHQを育てるとされ、相手の心を理解し、自制しつつ協調的な社会関係を営むという事が脳内・脳間操作系を鍛えると考えられる。
HQは成人後も生き方により発達する。食事の栄養、目的と夢、社会との積極的な関わり、知識や経験の積み重ね、有酸素運動、恋をすることなど、様々な方法で伸びるが、自分が好きな事でなければ意味がない。脳は自分の好きな事をする事によって最も良く発達するのである。

ヒトがチンパンジーやゴリラと違い、脳を発達させた理由は言語ネオテニー化にある。言語により「抽象化」や「時間の概念」「将来の計画」が発展したとされ、その未来志向性のもとに行動や感情をコントロールする脳内・脳間操作系が発達したと考えられる。
ネオテニーとは「幼形成熟」ともいい、幼い特徴をもったまま成熟し、繁殖することである。身近な例では、犬が狼のネオテニー化した動物である。人類の家畜として生きるには、狼の子供の特徴を持っていた方が良かったのである。
人類はネオテニー化したチンパンジーであると考える事ができ、チンパンジーの子供の頭蓋骨はヒトの大人の頭蓋骨とよく似ている。身体的な特徴だけでなく、人間の行動は子供っぽい特徴を多く持っている。通常、子供は好奇心や探究心を強く持ちよく遊ぶことで環境に適応する術を学習するが、成熟すると好奇心や探究心は減退する。故に哺乳類は大人になると遊ばなくなるが、人間の場合は大人になっても遊ぶし、新しい事にも挑戦しようとする。
この視点で見るとモンゴロイドは最もネオテニー化が進んだ人種である。幼少期の延長・未熟化により子供っぽくなり、そのため親が育児をする期間が延び、脳が大型化し、学習能力が向上した。
ネグロイド、コーカソイドと比べてモンゴロイドは、成熟速度は最も遅く、寿命は最も長く、攻撃性は最も低く、衝動性は最も低く、注意深さは最も高く、婚姻の安定性は最も高く、遵法性は最も高く、管理運営能力は最も高く、性器は最も小さく、性交頻度は最も低い。脳の大きさに従いIQgやHQもモンゴロイドが最も高い数値を出している。注意すべきは、この事は人種に優劣をつける理由にはならず、ネグロイドが身体的知性や音楽的知性に秀でているように進化の方向と特性が異なるということである。


一般知能(IQg)を調べるテストはいくつかある。世界的かつ標準的な代表はイギリスで生まれアメリカで広く用いられている「キャッスル(Cattell)IQgテスト」と欧州の「レイバン(Raven)IQgテスト」である。



感想

前頭連合野の重要性が分かると共に、人間の生活・人生に対して脳科学がここまで言えるようになっているという事に驚かされた。本書は一般向けに書かれた本であり、学術書ではないためか著者の考え方や人柄、推論、社会問題に対して思う事などが多く含まれている。そういう遊びも楽しめた。特にネオテニー化の話は前頭連合野の進化過程を説明するためのものであったが、非常に興味深く、面白かった。
HQについて知る事で自分の性格や生き方、ひいては自分の脳の育て方についてより深く考える事が出来ると考えている。自分や他人を知る上でも、科学が最も確実性の高い資料になる事は、今のところ間違いないだろう。

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